まいひめ

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▲St. Marienkirche Berlin▲

Berliner Fernsehturmの西に隣接するように建っている教会が、St. Marienkirche Berlin(聖マリエン教会)です。

St. Marienkircheは13世紀に建てられた、ゴシック様式による、Berlinで最も古い教会として知られています。

しかしながら日本人には森鷗外による「舞姫」(1890年)のなかで、主人公である太田豐太郎が踊り子エリスと出会う場所として記憶されているのではないでしょうか。

或る日の夕暮なりしが、余は獸苑を漫歩して、ウンテル、デン、リンデンを過ぎ、我がモンビシユウ街の僑居に歸らんと、クロステル巷の古寺の前に來ぬ。余は彼の燈火の海を渡り來て、この狹く薄暗き巷に入り、樓上の木欄に干したる敷布、襦袢などまだ取入れぬ人家、頬髭長き猶太教徒の翁が戸前に佇みたる居酒屋、一つの梯は直ちに樓に達し、他の梯は窖住まひの鍛冶が家に通じたる貸家などに向ひて、凹字の形に引籠みて立てられたる、此三百年前の遺跡を望む毎に、心の恍惚となりて暫し佇みしこと幾度なるを知らず。

今この處を過ぎんとするとき、鎖したる寺門の扉に倚りて、聲を呑みつゝ泣くひとりの少女あるを見たり。年は十六七なるべし。被りし巾を洩れたる髮の色は、薄きこがね色にて、着たる衣は垢つき汚れたりとも見えず。我足音に驚かされてかへりみたる面、余に詩人の筆なければこれを寫すべくもあらず。この青く清らにて物問ひたげに愁を含める目の、半ば露を宿せる長き睫毛に掩はれたるは、何故に一顧したるのみにて、用心深き我心の底までは徹したるか。

森鷗外「舞姫」

物語の最後はみなさんよくご存知のように「悲劇的」です。

私は「舞姫」を初めて読んだときから、この太田がとても嫌いです。ただそれは私が幼かったからでしょうか。

學問こそ猶心に飽き足らぬところも多かれ、浮世のうきふしをも知りたり、人の心の頼みがたきは言ふも更なり、われとわが心さへ變り易きをも悟り得たり。

森鷗外「舞姫」

鷗外の時代と変わりなく、今の時代も人の心は当てにならないということを感じる経験をしました。そこから学んだのは、太田の行動を責めるのは出来ないということ。それもまた人であるということ。それを受入れるのが「大人」なのかと思い考えさせられています。

森鴎外と「エリス」—ドイツ・ベルリン

asahi.com 2007年03月03日の記事

青空文庫 – 森鷗外「舞姫」:旧字旧仮名

青空文庫 – 森鷗外「舞姫」:新字旧仮名

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