しんじるな

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▲Burg Trausnitz▲

写真はLandshut(ランツフート)の南部にある崖の上にそびえるBurg Trausnitz(トラウスニッツ城)の様子です。

城の最も古い部分はLandshutが出来る前の1150年頃からあったとされています。木製の見張り台の部分がそれにあたります。

image00066.jpg今日見られるBurg Trausnitzの大部分は1204年にLandshutという都市が基礎づけられたときに、Herzog von Bayern Ludwig I.(バイエルン公爵ルードヴィヒ1世)によって建設されたものです。それ以後1503年まで、ほぼずっと下バイエルン公の居住地として利用されていました。

このBurg Trausnitzはその後16世紀に大きく増・改築されます。まずバイエルン公爵Ludwig X(ルードヴィヒ10世)によって、ドイツ・ルネサンス様式にて改築されます。それが1516年のこと。また1568年-1578年にかけて城はバイエルン公爵Wilhelm V.(ヴィルヘルム5世)によってそれまでの城砦としての城ではなく、居城としての城として改築されます。

image00067.jpgこのLandshutは幸いなことに戦火による被害を逃れたため、Burg Trausnitzは築城の初期のころからの建物、そして何度かの増改築を経たほとんど全ての部分が残されていました。しかし1961年に火災に遭い、内部にあった貴重な調度品の数々は焼失してしまいました。

現在Burg Trausnitzは、ガイドの案内付でのみ城の内部を見学することが可能となっています。またBurg TrausnitzにはKunst- und Wunderkammer(芸術と奇跡の館)というミュージアムが設置されています。広さ500平米ほどある展示室では、歴代のWittelsbacher Herzöge(ヴィッテルスバッハ家の公爵)が集めた約750点の展示品の数々を見学出来ます。

このお城を見学される際に見てもらいたいもののいくつかには、日時計と階段に描かれた壁画が挙げられると思います。

日時計がこのLandshutの町には多いと言うことは以前のエントリーに記しましたが、このBurg Trausnitzにある日時計が町で一番古いものらしいです。中庭に面する回廊に設置されたこの日時計は、1524年にPetrus Apianus(ペトルス・アピアヌス)によって設置されたもので、数種類の日時計のラインが描かれているのが特徴だそうです。ただ残念なことに、増改築によってこの回廊の上に屋根が備え付けられたために、日時計としての役割は現在果たしていないようです。

image00068.jpgお城の北側にある階段には1575年-1579年に描かれた壁画が今も残っています。バイエルン公爵Wilhelm V.はCommedia dell’arte(コメディア・デラルテ)というイタリアの即興劇が大好きで、自らも芝居に参加するほどの熱の入れようであったと聞きます。そしてWilhelm V.はこの階段にCommedia dell’arteの場面を描かせたと言うことです。壁画はAlessandro Paduano(アレッサンドロ・パドゥアーノ)によるものです。階段は現在ガイド付ツアーによっても見ることは出来ませんが、私は幸いなことに見る機会を何度か得ました。内部にはずっとこの劇の場面が描かれています。ただ痛みが激しいように見えましたので、早急に修復される必要性があるのではと思います。

なおこのお城の名称であるTrausnitzは、16世紀に市民と公爵が対立した時に「信じるな」という意味で使われていた言葉がなまって、そう名付けられたそうです。

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