まるがめじょう

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▲掲載期間:2007年05月26日〜2007年06月06日▲
▲撮影場所:国指定史跡 丸亀城跡▲

「日本にちょっと帰ったりしないの?」

私がたまに受ける質問です。私は約2年ほど日本には帰国していません。そしてこの先の一時帰国予定もありません。ドイツにいる知り合いの日本人で、ここ1年以内に一度も帰国したことがない人を探すのは難しいでしょう。だから私のような人は珍しいのだと思います。

それでたまに勘違いされるのですが、「やりたいことをやり通すまで帰らない」とか「一時帰国する意思がうすい」とか思われているようです。

違うんですよねぇ。私だって日本に一時帰国したいです。とても。特に日本にいる人から「帰ってきたら」などといわれれば、すぐにでも帰りたいと思うものです。

確かに「やりたいことをやり通すまで帰らない」というのはある意味正解です。でもその場合の「帰らない」は「一時帰国」を指すのではなく「完全帰国」を指すのですが。

「一時帰国する意思がうすい」というのもある意味正解です。一時帰国できる見込みもないのに、「帰りたい」という気持ちだけを高ぶらせることは私には出来ません。それなら一時帰国できることは「宝くじに当るようなもの」と考えている方がまだ楽です。だから「意思がうすい」と捉えられているのかもしれません。

一時帰国できない理由は単純に「お金がない」からです。ドイツで生活を行なうだけの収入はあっても、贅沢できるだけの収入はありません。収入が少ないのは自分の能力が足りないからです。分かってるんですよね、そんなこと。だから冒頭のような質問をされると落ち込みます。自分の責任ですから。「帰ってきたら」と言われると、どんなにうれしいか。でもそれに答えることの出来ない自分の能力に、また落ち込みます。

「お金がないのなら、両親に何とか工面してもらえば」という案ももらったりします。確かに頼めば何とかしてくれるかもしれません。ただ、両親も贅沢できるほど裕福ではありません。ドイツ-日本間往復の航空チケット代金は、両親にとって決して安いものではありません。そんな両親に「帰りたいから」という理由だけで、大事なお金の工面などお願い出来ません。それに両親は「成人」まで私を何の問題もなく育ててくれました。その後のやりたいことがあるならば、自分でなんとかやればよいのだと私は思います。そして今の自分がドイツにいるのは、自分がそうしようと思って「勝手に」来ただけです。両親の収入は、今を含む今後を両親が楽しく生きていくためだけに使ってもらえたら良いと考えています。というわけで、そのような提案も私には受入れられないのです。

まあいろいろ書きましたが、それでも1週間ぐらいなら一時帰国できるだけの貯蓄を作りました。仕事を始めて半年かかりましたけれど。生活は苦しくなりますが、半年でとりあえずそのくらいは貯まるということが分かりました。「能力はなくても、努力すればどうにかなるのかも」という、少しの勘違い!?も生まれました。この「勘違い」もうしばらく持っておこうかと思います。もちろん少ない能力を磨くことも忘れてはいけませんが。

特に「会いたいと思う人」「会いたいと思ってくれる人」、そういう人が離れていてもいる限り、勘違いであれ何であれ、どうにか出来るものですね。その苦しさすら楽しみの思えますし。ようは気持ちの問題ですか。

遠く遠く離れていても 僕のことがわかるように
力いっぱい 輝ける日を この街で迎えたい

僕の夢をかなえる場所は この街と決めたから

「遠く遠く」(1992年) 作詞・作曲:槇原敬之

田舎どころか日本をも離れてしまった自分が良く思い出す歌詞です。日本に一時的にも帰国することが出来ないならば、こちらで頑張って結果を出さねばと再認識させてくれます。やりたいことがあって、結果を出すためにドイツに来たのですから。結果が自然と伝わり、頑張っているんだなと知ってもらえればと思います。遠く離れていることが理由で伝わらないならば、まだまだ自分の努力不足でしょう。

懐かしい写真の景色。次はいつ見られるかなー。

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