どようのうしのひ

今日7月30日は「土用の丑の日」でした。夏の土用の丑の日に鰻を食べる習慣があるのは、みなさんよくご存知のことと思われます。

日本にいたときは平日の仕事とは別に、週末とある場所で働いていました。10年以上働いていた愛着のあるところでした。その週末の職場の同僚と少なくとも年2回、7月と12月は慰労という名目の元に鰻を食べに行っていました。2002年ぐらいまでは、毎年欠かさず行っていましたね。

鰻を食べに行くお店は決まっていました。兵庫県の尼崎市というところにある鰻屋です。名前はとある事情から伏せておきます。

その鰻屋はかなり高齢と思われる老夫婦二人で切り盛りしていました。店の作りはとてもきれいとは言えたものではありません。それは不潔だというのではなく、古さが前面に出ているというだけです。店を入ると4人掛けのテーブル席が5つぐらいと、5人ぐらい座れそうなカウンター席がありました。

その鰻屋に我々はいつも事前に電話で予約をしてから出かけていました。出かけるときは大体20人ぐらいでしょうか。「20人で1時間後にうかがいます。20人前用意しておいてもらえますか。」と電話して出かけます。しかしながらお店に着いて、それが用意されていたことはありません。

電話で予約してから行くのは、場所の確保がまずその理由の一つです。狭いお店ですから、我々が行くと我々だけでほぼ店が埋まってしまいます。といってもそう混んでいるお店ではないので、お店に行ったときに我々全員が入れないほどお客さんがいたことはありません。いたとしてせいぜい2組ぐらいです。行く時間も遅かったですから。

電話する理由のもうひとつは、お腹が空いているので早く食べたいからです。週末の仕事では2日間で確実に24時間以上は労働します。その帰りに寄るわけですから疲れているし、お腹も空いています。少しでも早く食べたいと思うのは当然です。

ということで毎回お店に行くと、電話しておいたにもかかわらず鰻が用意されていないのでがっかりしていたのを覚えています。まあ普通に考えるといたずらかもしれない電話注文を信じて、予め20人前も用意しておくお店もないかとは思いますが。

さてお店に到着すると我々はすぐに鰻重を注文します。20人前ぐらいです。鰻重には松竹梅ありますが、いつも必ず松を頼んでいました。

注文をするとおじいさんが店の裏へと消えていきます。そしてしばらく帰ってきません。15分ぐらいでしょうか。それくらい経った後に再びおじいさんは調理場へ姿を現わします。そこにはたらいにいっぱいに入った鰻を抱えています。そう、おじいさんは裏に鰻を捕りに行っていたのです。おそらく店の裏にいけすがあるのでしょう。

おじいさんはそのたらいから鰻を1匹ずつ捕りだしてさばいていきます。しかしそこはいかんせん高齢のためか、鰻屋の主人といっても超スローペースです。鰻を捕るのにも時間がかかれば、さばくのにも時間がかかります。もちろん素人に比べれば圧倒的に早いですが、玄人のなかでは遅い部類にはいると思います。

それを見ていても余計お腹が空くだけなので、我々はだべったり店に備え付けの新聞とか雑誌を見るのです。しかしそこに置かれている雑誌のまた面白くないこと。若者向けではないのです。やや若者向けの雑誌があったりしても、古かったりします。当然長くそれらを見ていることも出来ず、おしゃべりにシフトしたりするのですが、長時間労働で疲れお腹も空いているので皆すぐに無口になります。もうお通夜みたいです。

かといって調理場を見てもそう料理が進んでいるとは思えません。いつも待たされるとは思いある程度の覚悟で来るのですが、その覚悟を上回るのんびりさでいつも作業は進んでいきます。

しかしその老夫婦が鰻のプロであることはよく分かります。なぜなら20人前がほぼ同時に出来上がるように焼き上げてくれるからです。そして最初の鰻重が出てきてからほとんど待たされることなく、最後の人にも鰻重がまわるようになっていました。

それはそれで当然良いサービスだと思いますが、その当時は「自分以外の人はどうでもええから、自分の鰻重だけは早く作ってください!」と思っていました。とてもお腹が空いていましたから。もう自分以外のお腹の具合を考える余裕はなくなっています。

目の前のものがすべておいしいものに見えるぐらいの空腹のなか、お店で1時間程度待つとようやく鰻重にありつくことができます。そのときのうれしさたるや、なんと表現して良いのやら。みんな「いただきます。」もそこそこに、一斉に食べ始めます。

松の鰻重は鰻が二段で入っています。重箱の下から米+鰻+米+鰻です。上の鰻を食べ終え、ご飯も食べ終え、「ああ、鰻重もこれで終わりか。」と思ったところに再び「こんにちは。」と鰻が現われます。もちろんこちらも丁寧に「こんにちは!」と元気よく挨拶を返して、ぱっくりいただきます。もう、もう、それは、それは幸せの一言です。

食べ終わった後はみんな幸福感でいっぱいで、誰も口をききません。しばらく静寂が続きます。

さてその松の鰻重は3000円します。でもわたくし、一度も代金を払ったことがありません。10回以上はその鰻屋に鰻重を食べに皆で出かけましたが、一度として代金を払ったことはありません。もちろん食い逃げしたわけではありません。

ではどうしたかというと、行ったもの皆で食後に「じゃんけん」をするのです。何のためにじゃんけんをするかといいますと、すごく簡単です。負けたものがみんなが食べた分の鰻代を全部支払うのです。負けると単純に60000万円ほどの出費になります。このじゃんけんも、この鰻屋には欠かせないイベントでした。

負けると60000万円が飛んで行くとなると、食後の幸福感はどこかへ飛んでいきます。イレこんでしまっているものは、もうすでに食事の時から、いや鰻屋へ皆で向う車の中から少し様子がおかしかったりします。

よくそんなことに参加するなと言われましたが、当時の私は変な自信がありました。2人でじゃんけんするなら負ける確率は2分の1。しかし20人でじゃんけんするなら負ける確率は20分の1。その1に自分がなるわけないと。20分の19に入る方が確率の方が、圧倒的に高いという計算をしていました。実際そのじゃんけんで負けたことはありません。結果的に私の考えが正しいと言うことが証明されたわけです。

しかし日本人ならば誰しもが一度は行なったことがあると思われるじゃんけんが、こんなにスリルに満ちたものになるとはその職場に入るまでは思ってもみませんでした。大の大人がじゃんけんに全身全霊を傾ける。そんな様子、その職場以外では見たことありません。準決勝(残り5人)ぐらいまで来ると、じゃんけんをする手が震え出すものも出てくるほどです。じゃんけんで手が震えるほどの思いを、みなさんはしたことがあるでしょうか。それはもう異様な光景です。

じゃんけんで負けたものの行動はとても面白いです。漫画でいうと「どぉーん!」という文字が後ろに浮かんでそうな感じでその敗北感を漂わすものもいれば、吉本の芸人も真っ青なリアクションを見せてくれるものもいます。それまでその人が見せたこともなかったような一面が、その時には垣間見られるのです。

その鰻屋にも2003年ぐらいは、全く行かなくなりました。職場で退職者が出たり、人事異動があったりして、その鰻屋での「遊び」を遊びと思える人が少なくなってきたからです。往々にして若い人は「堅実」でした。

しかし私がドイツに旅立つと決まった夏、私のたっての願いを聞いてくれて、職場のメンバーの5人ほどでその鰻屋に行ってみることにしたのです。私はその鰻屋で鰻重を食べられたならば、日本ではもう思い残すことはない!ぐらいの勢いで勇んで出かけました。

久々に行ったので途中道にさんざん迷いましたが、何とか無事にお店にたどり着くことが出来ました。鼓動が高鳴ります。初恋の人に会いに行く気分です。

お店の外観は既に暗くてよく見えなかったのですが、幾分きれいになったようでした。遅くなりましたが、しかしのれんは掛かっています。お客も入っているようです。高鳴る気持ちを抑えつつ、暖簾をくぐって店に入りました。

すると一番に目に飛び込んできたのは老夫婦ではなく、見たこともない若い(といってもおじさん)板前さんでした。ちらっと店の中に目をやると、こぎれいに改装されているようです。

「こんばんは。」とあいさつして中に入ろうとすると、「もうおわりやで。」っとぶっきらぼうにいわれました。「えっ、でも・・・」と言いかけると、畳みかけるように。「今日はもう終わり。」と言われました。

そこまで言われたら、もう食らいつく余地はありません。「そうですか。」といって再び暖簾を逆にくぐりました。

私だけでなく以前よく一緒にその鰻重を食べに行っていた同僚や、その鰻重や「遊び」に興味を持ってくれた新しく入ってきた後輩はがっかりしていたようです。

我々はその後、焼肉を食べに行ってスタミナを付けました。しかしみんな一様に心の中では鰻屋のことがひっかかっているようでした。

私自身今日本に一時帰国できるとして、あの老夫婦がまだあの鰻屋をやっていたならば、いの一番に出かけていた場所だったと思います。それほどその鰻屋の鰻重はおいしかったのです。

もしかしてあの状況が鰻重をよりおいしく思わせていたのかもしれません。しかし、ほんとうに、ほんとうに、あの鰻重はおいしかったのです。何よりもあの老夫婦が一生懸命に作ってくれた鰻重でしたから。20人が鰻重を食べ終えて帰るときに、皆が本当に心の底から「おいしかったです。」「ごちそうさまでした。」といって店を出て行きます。それを見送ってくれる老夫婦の笑顔も忘れられません。

「あの老夫婦に会いたいな。そしてあのおいしい鰻重を作ってもらいたい。帰りに心から「ありがとうございました。」と言って帰りたい。それを笑顔で見送ってもらいたい。今はどうされているのだろう。」と鰻を食べることなく、ドイツで鰻屋のことを考えた土用の丑の日でした。

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