えんとあるてーてくんすと

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▲Hohe Domkirche St. Peter und Maria▲

写真はKöln(ケルン)にあるKölner Dom(ケルン大聖堂)内部の様子です。南側袖廊にある窓から差し込む光が、祭壇を照らす様子を撮影しました。

今回Kölner Domを訪れたときに、ぜひとも見ておきたいものがありました。それが南側袖廊にある、ステンドグラスによって飾られたこの窓です。

この窓は2007年8月25日に新しく公開されたばかりです。そして公開と同時に、メディアを賑わせていました。

メディアを賑わせていた理由の1つは、この新しい窓の制作者が現在世界でも最も注目されている芸術家の一人といってもよい、Gerhard Richter(ゲルハルト・リヒター)であったからです。

そしてもうひとつの理由としては、その窓を巡ってKöln大司教区の94代目大司教Joachim Cardinal Meisner(ヨハヒム・マイスナー)が行なった発言に「Entartete Kunst(退廃芸術)」という言葉が含まれていたからです。

もともとこの南側袖廊の窓は、19世紀にプロイセンの王、Wilhelm I(ヴィルヘルムI世)が贈ったステンドグラスで飾られていました。そこには統治者や大司教の姿が描かれていたようです。

しかしながらその窓は、第二次世界大戦時に破壊されてしまいます。それと時を同じくして、ベルリンにあったそのステンドグラスの設計図も大戦で消失してしまいます。そのため、戦後にKölner Domが修繕された際、この南側袖廊の窓は戦前の正確な様子が分らなくなってしまっために、以前と同じ窓を備え付けることが出来ませんでした。そこに代わりに据え付けられたのは、Wilhelm Teuwen(ヴィルヘルム・トイヴェン)によるモノトーンのステンドグラスでした。

このTeuwenによるステンドグラスを、何とか元のステンドグラスとは言わないまでも、Kölner Domにある他のステンドグラス同様、色鮮やかなものに変えたいという願いが、Kölner Domの内外に長らくありました。

そして今回沢山の人々の寄付によって、その南側袖廊の窓が新しく取り替えられることになりました。その案を担当することになったのが、先ほど名前を挙げた、Richterです。

Richterは1983年以来Kölnに住み、世界的な名声を得ている芸術家であるので、ある意味この窓の案を担当するには、彼以上の人物はいなかったのかもしれません。

私がこの話を聞いたときには、Kölner DomとRichterがうまく結びつきませんでした。世界遺産と現代芸術家。いったい出来上がった窓がどのようなものになるのか、全く想像がつきませんでした。しかし現代美術が盛んなドイツの中においても、その中心となるような役割を果たしているKölnですから、少し期待していました。世界遺産と現代美術が結びつくことで、新たな展開が見られるかもしれないと思ったからです。

出来上がった南側袖廊の窓は、113平米にも渡る巨大なもので、72色の異なる色を持った小さな正方形を11500個、ランダムに組み合わせられたものです。選ばれた72色はKölner Domに既にあるステンドグラスに利用されているもので、色彩的に他のステンドグラスと調和が取れるように工夫されています。

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▲Gerhard Richter, 4096 Farben(1974)▲
▲254cm X 254cm▲
▲Staatliche Kunstsammlungen Dresden▲
▲Dresden, Germany▲
▲www.gerhard-richter.comより▲

Richterの作品を見たことがある人ならすぐに気がつかれると思いますが、この窓、彼がこれまで発表してきたColor Chartシリーズに似ています。その予想どおり、この窓の案をRichterが考える際に参考にしたのが、自身の作品「4096 Farben」です。

さてこの窓、先ほども述べましたが、様々な色からなる小さな正方形を組み合わせて作られています。従ってモザイクのようにも見えます。その様な窓に対して、不満を抱いた大司教Meisnerは、Erzbischöfliche Diözesanmuseum(Köln大司教区博物館)の新館開館記念の式典で、思わず(!?)それについて言及してしまいます。

「その窓は大聖堂には合いません。むしろモスクにむいているでしょう。」

また大司教Meisnerは次のようにも述べました。

「皆さん、忘れないでください。宗教的儀式と文化との間には分かちがたい関係があるということを。儀式や神への敬いから離れてしまった文化のあるところでは、儀式偏重主義の儀式になり、文化は退廃します。それらは中心を失っています。」

この大司教Meisnerの言葉に、メディアはこぞって反応します。特に「Die Kultur entartet.(文化は退廃する。)」という言葉に。

この言葉はかつて、Adolf Hitler(アドルフ・ヒトラー)が率いたNSDAPが、当時の美術を、道徳的人種的に劣るとして禁止したときに使われました。それらの芸術は「Entartete Kunst(退廃芸術)」と呼ばれたのです。

大司教Meisnerの発言に、かつてのNSDAPの利用した言葉が含まれていたことに注目が集まり、問題が大きくなりました。

どうも大司教MeisnerはここにRichterが設置した窓よりも、20世紀の殉教者達をまつるステンドグラスを設置したかったようです。それゆえに、Richterが設置した窓に対する失望感が大きかったのかもしれません。

それに対してRichterは「その窓はイスラム教とは全く関係を持たないし、モスクのために作られたものでもありません。」と述べています。

結局かなりの非難を浴びることになった大司教Meisnerは、自身が使われた言葉は、決してNSDAPを意識したものではなく誤解であるということを述べ、発言に対して遺憾の意を表すことで騒動には一応の決着をみました。

RichterがKölner Domの窓を作ると聞いたとき、様々な問題が起きるだろうなとは思っていましたが、まさかこういう形で問題になるとは夢にも思いませんでしたね。

ただこういったことが問題になったことで、現代美術、歴史に対するドイツ国民の関心の高さ、教会の権威がまだ存在していること等がはっきりと分りました。また世界遺産の修築に、「それっぽい」人を起用するのではなく、現代美術家を持ってきたKölnという町の姿勢は、私個人にはとても新鮮で、好印象でした。

ここで間違えがちなのは、大司教Meisnerの言葉が、カトリック教会の総意であるかのように思われることです。それは明らかに異なっていて、モザイクでもキリスト教の教会に合うという意見を持った人もいます。またRichterの芸術活動は、2004年にKunst- und Kulturpreis der deutschen Katholiken(ドイツカトリック教会の芸術文化賞)を受賞しており、カトリック教会からも認められています。

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▲Hohe Domkirche St. Peter und Maria▲

私はKölner DomにこのRichterの窓を見に行く前に、色々な情報を手に入れすぎており、最初は「どうなのかな?」とやや不安に思っていました。しかし実際の窓を見て、それらごちゃごちゃした情報を一度に忘れ去らすことの出来るほどの感動を得ました。

Richterの窓の色とりどりの正方形を通り抜けてくる光が、まるで虹のように教会内に射し込み、祭壇を照らします。「息を呑む光景」とはこのことでしょうか。手に持ったカメラで撮影することも忘れ、ただただしばらくは、この窓に見とれてしまいました。

見とれたのは正確には、Richterの窓であるとは言えないかもしれません。Richterの窓を通じて入ってくる光に見とれていたのです。ドイツに来てこれほど光に見入った記憶はありません。日本時代も含めてそうそうないと思います。光の持つ力に圧倒されましたね。そしてその光の持つ力を感じさせてくれたのは、Richterの設置した窓であることは間違いありません。

世界が平和である限り、Richterが設置した窓は、このKölner Domとともに今後何百年も存在し続けるのでしょう。数世紀後にKölner Domを訪れる人々、またはKölner Domに関わる人たちは、そのときRichterの窓をどのように捉えているのでしょうか。とても興味深いです。


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▲Hohe Domkirche St. Peter und Maria▲
▲Google マップより▲

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