ぜんちょう

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▲坂出市沙弥島▲

瀬戸大橋記念公園を散歩した後は、妻と2人で、すぐ近くにある沙弥島を訪れました。

沙弥島には島という名前が付いていますが、何も海を渡ったわけではありません。沙弥島は、今は陸地(四国)と繋がっているのです。下に掲載した地図を見てもらえればお分かりのように、瀬戸大橋記念公園のある坂出市番の州は、埋め立て地になっています。ここに工業団地を誘致するために作られました。その際、坂出市沖に浮かぶ小さな島だった沙弥島は、四国側の陸地と繋がったのです。1967年のことでした。

沙弥島には、環境省が選定した快水浴場百選に選ばれた、沙弥島海水浴場があります。20年〜25年ぐらい前、私は夏によくそこへ泳ぎに行っていました。

この沙弥島は小さな小さな島ですが、歴史は古いらしく、縄文式の土器なども島北部にあるナカンダ浜から出土しているようです。

また沙弥島は、その昔、万葉集で歌人柿本人麻呂が詠んだ長歌に登場します(下記引用太字下線部)。そのことから、「万葉の島」として、地元の人たちに親しまれています。

讃岐狭<岑>嶋視石中死人柿本朝臣人麻呂作歌一首

玉藻吉 讃岐國者 國柄加 雖見不飽 神柄加 幾許貴寸 天地 日月與共 満将行 神乃御面跡 次来 中乃水門従 <船>浮而 吾榜来者 時風 雲居尓吹尓 奥見者 跡位浪立 邊見者 白浪散動 鯨魚取 海乎恐 行<船>乃 梶引折而 彼此之 嶋者雖多 名細之 狭<岑>之嶋乃 荒礒面尓 廬作而見者 浪音乃 茂濱邊乎 敷妙乃 枕尓為而 荒床 自伏君之 家知者 徃而毛将告 妻知者 来毛問益乎 玉桙之 道太尓不知 欝悒久 待加戀良武 愛伎妻等者

万葉集 Manyoshuより

また最近では、2005年4月に開館した、香川県立東山魁夷せとうち美術館が、連日多くの訪問者でにぎわっています。

写真は、その香川県立東山魁夷せとうち美術館が位置するすぐ隣にある、沙弥島の漁港で撮影した漁船の様子です。沙弥島は何度も訪れたことのある私ですが、この漁港を訪れたのは、初めての経験でした。

思ったよりも、水がきれいだというのが、漁港を訪れたときの最初の印象でした。写真を見てもらって分るように、漁港の底のほうまで見えています。そのため、船が「浮いている」ということがよく分りました。瀬戸内海は水が汚いというイメージを何となく持っていたのですが、それはどうも記憶違いだったようですね。

漁港では、漁師さん達が、漁の後片付けで、船や網を掃除しておられました。鳥たちが、おこぼれをもらおうと、船の回りをウロウロしている姿は、ほほえましかったです。

漁港を訪れたそのあとは、妻と一緒に、更に奥にある海水浴場や、ナカンダ浜などを訪れました。妻はそこで、貝殻を集めたり、水際で遊んでいたりしましたが、私は、それを遠くから眺めていました。

と記すと、なんだかほのぼのとした雰囲気を想像されるかもしれませんが、実は私、その時、体調不良に苦しんでいました。その日は朝から体調が悪かったのです。しかし、まあそのうち治るだろうと思っていたのです。それが、その日は、時間を追うごとに体調が悪くなり、海水浴場やナカンダ浜を訪れたときは、歩くのも精一杯の状態でした。ということで、妻の様子を遠くから見守るしかなかったのです。

そのような状態だったので、楽しんでいた妻には申し訳なかったのだけれども、沙弥島訪問は、早めに切り上げることにしたのでした。


大きな地図で見る
▲坂出市沙弥島▲
▲Google マップより▲

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