たかばたけかしょうたいしょうろまんかんめーるまがじんだいにじゅっかい

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▲新ミュージアム・グッズ/一筆箋▲
▲高畠華宵大正ロマン館メール・マガジン第20号より▲

紹介が遅くなりましたが、愛媛県東温市にある、高畠華宵大正ロマン館より、メール・マガジンの最新号が届いています。順調に回を重ねたメール・マガジンは、今号で第20号となりました。

今号のメール・マガジンによると、高畠華宵大正ロマン館に設置されているミュージアム・ショップに、新しいグッズが登場したようです。その新しいグッズとは、写真のような一筆箋です。写真左から、「双六」「胡蝶」「願ひ」「君知るや南の国」というタイトルが付いています。

女性であれば、可愛らしいこどもらしさをアピールしたい人は「双六」、
毒気のある美少女の魅力をふりまきたい人は「胡蝶」、
王道をいく美少女ぶりを見せつけたい人は「願ひ」、
グラマラス美人で勝負をかけたい人は「君知るや南の国」をおすすめします。
男性は、本能のおもむくままお好きなタイプをお選び下さい。

ひとつだけ選べと言われれば、私の好みは「願ひ」でしょうか。ただ、この場合の好みには、「もし、自分が実際に利用するなら。」という観点も入っています。

一筆箋ってなかなか便利だと思います。ちょっとした書類などを送るときに、便箋全部利用するとスペースが余ってしまい、それをどう形が整うまで埋めるかで苦労します。しかし一筆箋だと、簡単な挨拶と用件だけを記載すれば、それでスペースが埋まってしまうので、余計な苦労がありません。ということで、日本では割と利用していました。

そして、そういった一筆箋は、大抵ミュージアム・ショップで手に入れていましたね。好みの作品が利用されている一筆箋があったり、センスの良い一筆箋があったりすることが多いですから。今回紹介されている一筆箋も、私が高畠華宵大正ロマン館を訪れることがあるならば、購入することになると思います。

メール・マガジンの一番最後にいつも掲載されているのは、高畠華宵大正ロマン館の学芸員さんである、小嶋洋子氏によるコラム、「じゅげむじゅげむ」です。第20回目にあたる今回は、「近代へのかけはし」と題して、華宵と近代をテーマに取り上げられています。

コラムによると、小嶋氏は先日、京都国立博物館で行なわれている特別展、「没後120年記念 絵画の冒険者 暁斎 Kyosai-近代へ架ける橋-」を観覧されてきたようです。ここで、小嶋氏は展覧会のサブタイトルにある、「近代へかける橋」というものに注目されたとのことでした。

小嶋氏はまず、暁斎が、どこから近代へと橋を架けたのかということについて考えます。そしてその橋の一方を、近代の前世代である近世であると捉えます。その際、小嶋氏は、日本における近代を明治以降というように定義されます。

そのことをふまえた上で、近世から近代へと時代が移り変わるなかでの変化を、次のように説明しておられます。

明治時代に西洋の思想の流入や国家の仕組みが変わったことで、
それまでの人々のイマジネーションが生み出した幽霊や目に見えない妖しいもの、
非合理なものが無理矢理に消されていきます。

明治時代に入り、西洋の文化などがどんどん入ってきたことで、それまで日常世界にありふれていた精神世界のようなものが、科学的に説明できないものとして、社会の仕組みの中から、バッサリ切り捨てられたということです。

しかしながら、暁斎はそのような近代の始まりにおいても、精神的にはまだ近世的なものを持っており、それによって本来なら「消されるべきもの」である、異形や幽霊などを描いていたと捉えます。そこに、暁斎における近世と近代の結びつきがみられるというように、小嶋氏は考えておられるのです。

そして近代に活躍した華宵にも、暁斎と同じようなことが言えるのではないかと、小嶋氏は考えます。

華宵が生まれ、華宵が活躍したのは、時代区分の上では近代であるのだけれども、人々の精神の中には、まだ近世的なものが残っていた。そのような状況下で描かれた華宵の作品に見られる妖しさは、近世にあった妖しさと、もしかしたら密接な関係があるのではないか。というふうに、小嶋氏は思われているようです。

私もそのように思います。近世や近代という区切りは、あくまでも、のちの時代につけられた、便宜上の区切りに過ぎません。「何年何月何日の何時何分までは近世で、それ以後は近代。」というように、きっちりと分けられるものではないのです。それは同じく便宜上の区切りである国境を考えてみても、至極当然のことだと思われます。例えば、ドイツの国境に近いフランスの町ではドイツの雰囲気が漂っているし、フランスの国境に近いドイツの町はフランスの雰囲気が漂っています。国境を越えれば、言葉も文化もそれにあわせてきっちりと変わるということはありません。これと同様に、近世の終わりは限りなく近代の雰囲気が漂っていただろうし、逆に近代の始まりには近世の雰囲気が漂っていたと思われます。

したがって華宵が近代に生まれ、近代に活躍したからといって、近代だけの枠組みの中で華宵を捉えると、小嶋氏も述べているように、「華宵の作品を見誤ってしまう」可能性があります。

華宵の作品の中に見られる近世と近代。なかなか面白い問題を提供してくださったと思います。私のような、美術ファンを楽しませてくれる展覧会の企画は、学芸員さんが日々このように考えている中から、生まれてくるのでしょうかね。

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