たかばたけかしょうたいしょうろまんかんめーるまがじんだいにじゅうにかい

愛媛県東温市高畠華宵大正ロマン館より、メール・マガジンの最新号、第22号が届いています。

美術館のメール・マガジンとしては、珍しくHTML形式で送られてくる、高畠華宵大正ロマン館のメール・マガジンなのですが、今号からやや見た目に変化がありました。細かなデザインの変更があったのと、フォントがやや小さくなった気がします。フォントの方は、メーラーのアップ・デートによる変化ですかね。私は、フォントは小さい方が好きなので、すっきりして良くなったと思いますが。

さて、今回のメール・マガジンでは、2008年4月9日に愛媛新聞に掲載された、高畠麻子氏(高畠華宵大正ロマン館主任学芸員)によるコラムが掲載されていました。コラムのタイトルは、「高畠華宵生誕120年 花ひらく華宵(下)−未来へ−」です。

このコラムは、2008年が高畠華宵の生誕120周年目となるのを記念して、2008年4月7日から3日間連続で掲載された、高畠華宵大正ロマン館の学芸員さんたちによる、リレー形式のコラムのうちのひとつです。愛媛新聞紙上では、「過去」「現在」「未来」をテーマに、学芸員さん達が、華宵についてのコラムをそれぞれ書いていました。今号のメール・マガジンに掲載されていたのは、そのうち、「未来」をテーマにしたコラムです。

高畠氏は、華宵とその作品が1920年代に最も支持されたと述べ、それ以後、華宵やその作品も含んだ「華宵的なもの」が、現在までの間、どのように受けつがれてきたか、それについて探求する必要性を感じておられるようです。

「華宵的なもの」が具体的に何であるかは、高畠氏自身の言葉からは語られていません。しかし、『大正ロマン 第27号』(2006年2月発行)での、宮台真司氏(首都大学東京 人文科学研究科 社会行動学専攻)による発言を引用し、次のようにまとめられています。

「華宵的なもの」を、光と闇、モダンさと因習などの「両義性」あるいは「両性具有性」であり、見る側を「ここではないどこか」へと夢想させる内面の表象であると述べている。

宮台氏による「華宵的なもの」を、高畠氏は肯定も否定もしておられませんが、おそらくは、宮台氏の説に、ある程度納得されているのではないかと思います。

「モダンさと因習」に関しては、メール・マガジンの第20号で、高畠華宵大正ロマン館の学芸員である小嶋洋子氏が、華宵の中に、近代のみならず近世を感じておられましたが、そのことにも通じると思います。また「両性具有性」については、メール・マガジンの第19号で、2008年3月9日に京都で行なわれた、大正イマジュリィ学会第5回全国大会の2日目にあった、高畠華宵生誕120周年にちなむシンポジウムで、永山薫氏(マンガ評論家)が、華宵の現在へと続く魅力を、同じく「両性具有性」をキーワードに紐解いたと報告されていました。ということで、宮台氏の述べる「華宵的なもの」は、高畠氏に限らず、ある程度の賛同を得られるものであると考えられます。

高畠氏はまた、

大正から現代に至るまで、華宵作品を受け入れた文化を改めて振り返ると、
それらが少年少女文化であり、アングラ文化であり、オタク文化であるということに
華宵芸術の真性を探るヒントがあるのではないだろうか。

と述べ、その後続けて、

いわば周縁的文化ゾーンにおいて、「華宵的なもの」が必要とされた「理由」と「意味」を探ることで、華宵世界の本質が明らかになってくるのではないか思う。

と、高畠華宵大正ロマン館としての、今後の課題を述べられておられます。

いわゆる大正ロマンを代表する画家である竹久夢二が、現在でも一般的に名も知られ、映画や小説でも繰り返し扱われているのとは対照的に、高畠華宵の名前は、忘れ去られてしまったと言っても、過言ではなかった時期もありました。しかしながら、華宵の名前忘れ去られていたとしても、「華宵的なもの」はこれまでも、ずっと継続して残ってきました。それが、決して表舞台ではないとしても。

その「華宵的なもの」の受容というのは、私自身も面白いと思いましたし、興味がある事です。ぜひ、高畠華宵大正ロマン館には、そのことを明らかにして貰いたいと思います。

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