さいあくのひ

image00517.jpg
▲Édouard Manet, The Suicide [The Suicided Man](1877-1881)▲
▲Oil on canvas, 38cm x 46cm▲
Foundation E.G. Bührle
▲Zürich, Switzerland▲

<注意>このエントリーには、強いショックを受ける可能性のある内容が含まれています。先を読み進める方は、自己責任でお願いします。<注意>

昨日、2008年6月21日は、私のこれまでのドイツ生活のうちにおいて、そしてこれからドイツ生活の中でも、最悪な日のうちの1つとなることでしょう。

昨日は仕事後に、妻と一緒に、引越し作業の続きを行なうことを約束していました。従って、仕事後に、妻とは私の職場前で待ち合せていました。

職場を出て、すぐ右側をのぞくと、いつもの辺りで、妻が待っているのが見えます。それで、妻の方に行こうとすると、「電話を・・・電話・・・」と小声が聞こえてきました。ふと、その声の方に目を向けると、若いドイツ人女性が、職場前にある道路の真ん中辺りで、口に手を当てて何かを見ています。

その時私が立っていた場所からは、路上駐車してある車が邪魔して、彼女が見ているものが何であるかは確認できませんでした。しかし、血の気を失ったかのように見える彼女の表情からして、そこにあるべきものが何であるかは、大体想像が付きます。

妻の所に行くのを止め、すぐにその女性の所へと駆け寄ります。そして、それと同時に、車に隠れていた部分が見えました。そこにあるのは、血を流して倒れている、男性の姿でした。

強いショックを受けている彼女には申し訳ないとは思いながらも、私の拙いドイツ語よりはよっぽどマシだろうと、私の携帯電話を渡し、警察に通報して貰います。そして、私は、倒れている男性に駆け寄ります。

最初、車にでもはねられたかと思ったのですが、そのような音は聞いてませんし、それらしき車も見当りません。したがって、この男性が、上から落ちてきたことは、容易に想像が付きます。

身体の様々な部分が、普通ではあり得ない方向に曲がった男性の、大きく窪んだ頭部からは、大量の血液が流れ出ていました。

私は、男性に呼びかけるも反応なく、身体を触ってみても、反応はありません。呼吸はしていなさそうですし、脈もありませんでした。したがって、私はその男性が死んでいるのだと思いました。

それで、私の携帯電話を渡した女性の方を見ると、女性は頑張って電話をしてくれているようです。そして、最初は女性と妻と私だけだった現場に、人垣が出来はじめます。往来の多い場所なので、人が集まってくるのも早いです。とはいっても、男性に近寄ってくる人は僅かです。それほど、悲惨な様子の男性でしたから。

その人垣の中から、タクシーの運転手と、通りかかった車の運転手、そして歯医者さんが男性に近寄ってきました。そして、歯医者さんは心臓マッサージを試みてくれました。それにより、自発的に呼吸をしたかのようにも見えましたが、脈はないままです。もしかすると、あったのかもしれませんが、非常に弱く、感じ取れません。

そうこうしているうちに、警察や救急が到着します。現場は封鎖され、救急隊員がその場で救命措置を執ることもなく、担架に乗せて救急車で病院に搬送しました。そして、最後に到着した、消防車がやってきて、現場に貯まった血液を、放水によってきれいにしていました。

夢中だったので、時間の感覚があまりなかったのですが、あとで気がつけば、ほんの20分程度の話です。

まだ新聞を見ていないので、それが事故なのか自殺なのかは分りませんが、現場の状況からして、恐らく飛び降りによる自殺ではないかと思います。私が職場から出てくる直前に、妻はタイヤがパンクするような大きな音を耳にしています。妻の待っていたところの後ろに停めてあった車の横に、その男性は横たわっていたので、妻は音のする方向を振り向いても、何もないように思えたらしいですが、状況からすると、男性が地面に接地した際の音だと思われます。

その時は、悲惨な現場だとは思いましたが、こういった現場に出くわすのは、初めてではないので、パニックにならず、それなりに行動ができました。しかし、あとで、妻と電車に乗っているときに、震えが来ました。

それは、その現場の状況に関してではありません。私が、震えたのは、妻が巻き添えになる可能性があったということを認識したからです。

男性が倒れていた位置と、妻が私を待っていた場所は、車一台分にほんの少しの距離を足した程度しかありません。つまり2m〜3mということです。道幅がもう少し狭かったり、そこに停まっていた車がなく、何らかの理由で妻が車道に出ていたりしたら、妻の上に、その男性が落ちてきた可能性も考えられるのです。そのことに、私は強いショックを受けました。

キリスト教の国であるドイツで、それもカトリックの勢力が強いMünchen(ミュンヘン)で、自殺を試みるというのは、よほどの事があったのかと思われます。しかしながら、何も、全く関係のない他人を巻き込む可能性のある町中で試みる必要があるのか、疑問に感じました。

直接巻き添えにはならなくとも、妻は見たくもない姿を見る羽目になってしまいました。妻は、それでも気丈に私の手伝いをしてくれました。でも、見なくて済むなら、見たくもなかったでしょう。

まだ、20歳にもなっていなさそうに見えた男性の予後が、どのようになったのかは分りませんし、知りたくもありません。ただ、これから毎日、その現場の前を通って職場に行くことを考えると、男性のことが思い出されるでしょうし、気が重いです。

Similar Posts:

Comments are closed.