まきしみりあねうむ

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▲Maximilianeum▲

掲載した写真は、München(ミュンヘン)にある、Maximilianeum(マキシミリアネウム)という建物です。イザール川を望む、小高い丘の上に建てられています。以前のエントリーで少し触れ、昼間の写真を掲載したことがありますが、今回は、夜の写真です。

このMaximilianeum、現在、Bayerischer Landtag(バイエルン州議会)と、その議場があることから、時折、「Maximilianeum=バイエルン州議会議事堂」というように、受け止められていることがあります。しかしながら、それは正しくもあり、間違いでもあります。

日本でもドイツでも、大抵、同じようなものだと思いますが、ある自治体の議会は、議会を開くための議場を、専用の建物内(例えば、市役所や国会議事堂など)に持っていると思います。しかし、このMaximilianeumには、確かにBayerischer Landtagと、その議場が置かれているものの、Bayerischer Landtagが占有する建物ではないのです。Bayerischer Landtagは、Maximilianeumに賃料を払って、場所を間借りしているに過ぎません。したがって、Maximilianeumにとって、Bayerischer Landtagは、いちテナントでしかなく、「Maximilianeum=バイエルン州議会議事堂」というのは、やや、不本意な捉えられ方だと思います。

では、Maximilianeumというのは、何のための建物かということになるでしょう。正確に言えば、Maximilianeumは、Stiftung Maximilianeum(マキシミリアネウム財団)のための、建物ということになります。

「Stiftung Maximilianeum?なにそれ?」となったかと思うので、MaximilianeumやStiftung Maximilianeumについて、その始まりから、少しお話ししてみましょう。

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▲Maximilianeum▲

Stiftung Maximilianeumが設立されたのは、1852年のこと。当時、Königreich Bayern(バイエルン王国)の王であった、Maximilian II.(マキシミリアン2世)の命によるものでした。将来、王国を支えていくであろう、才能豊かな若者が、食事や住居を気にすることなく、大学で学ぶことが出来るようにと、その機会を提供するために、設けられたものです。今で言うところの、奨学金制度ですね。

そのStiftung Maximilianeumは、当初、別の建物を間借りしていましたが、専用の建物として、Maximilianeumが建築されることとなります。1857年10月5日、Maximilian II.は、Maximilianeumの建築を、Georg Friedrich Christian Bürklein(ゲオルグ・フリードリヒ・クリスティアン・ビュルクライン)に命じます。Bürkleinは、Münchenに現在も残る、重要な建築物を設計した、Friedrich Wilhelm von Gärtner(フリードリヒ・ヴィルヘルム・フォン・ゲルトナー)の弟子にあたり、1840年代に、München Hauptbahnhof(ミュンヘン中央駅)や、Augsburg Hauptbahnhof(アウグスブルク中央駅)などといった、バイエルン州の、主要な都市の鉄道駅の設計を手がけた、著名な建築家でした。

そのBürkleinが、1857年から手がけて、1874年に完成したのが、Maximilianeumです。残念ながら、当のMaximilianeumの建築を命じた、Maximilian II.は、Maximilianeumの完成を見ることなく、1864年にこの世を去っています。しかしながら、その意志は、息子たちに継がれ、Maximilian II.の没後も、Maximilianeumの建設は継続されたのでした。完成したMaximilianeumには、当初、Stiftung Maximilianeumの他に、ギャラリーや、王族のための学校などもあったようです。

そのMaximilianeum、Münchenの他の建物同様、第二次世界大戦の戦火により、破壊されてしまいます。建物の、3分の2が空襲にて破壊されてしまったようです。

戦後、すぐに、Karl Kergl(カール・ケアグル)によって、再建されたMaximilianeumに、新しい入居者がやってきます。それが、Bayerischer Landtagでした。1949年1月のことです。そして、それ以来、現在に至るまで、Bayerischer Landtagは、このMaximilianeumに、場所を借りています。

話が、Maximilianeumの方へと傾きましたが、Stiftung Maximilianeumの話へと戻しましょう。

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▲Maximilianeumから眺めるMünchen中心部▲

先ほども記しましたが、「Maximilianeumは、Stiftung Maximilianeumのための建物」ということですので、Stiftung Maximilianeumも、Maximilianeum同様、まだ現存しているのです。

Königreich Bayernの王であった、Maximilian II.の命によって設立された、Stiftung Maximilianeumですが、その後も、Maximilian II.の息子や、歴代のKönigreich Bayernの王による庇護を受け続けます。しかしながら、Ludwig III.(ルードヴィヒ3世)が、1918年に退位したことにより、Königreich Bayernは終わりを迎え、Königreich Bayernの王による庇護を、Stiftung Maximilianeumは受けられなくなってしまいます。Königreich Bayernが、終わりを迎えたその後も、Stiftung Maximilianeumは、Ludwig-Maximilians-Universität München(ルードヴィヒ・マキシミリアン大学ミュンヘン)による支援を得て、続いていきますが、財政的には、苦しい状況でした。

その状況が、好転したのが、1949年のこと。すなわち、Bayerischer Landtagが、Maximilianeumに場所を借りてからです。Bayerischer Landtagが、Maximilianeumに場所を借りることによって、定期的に、そしてまとまったお金が安定して、Stiftung Maximilianeumに入ってくるようになりました。そのおかげで、今日でも、Stiftung Maximilianeumは存在し、そして、Maximilianeumを運営しつつ、優秀な学生に対して、食事と住まいを提供することが出来ているのです。

私が思うに、Bayerischer Landtagが、Maximilianeumを購入せず、間借りする形のままでいるのは、恐らく、Stiftung Maximilianeumの存在があるからではないでしょうか。Bayerischer Landtagにすれば、Maximilianeumを購入した方が、長い目で見れば、安く上がることになるのだと思います。しかしながら、Bayerischer Landtagが、Maximilianeumを借りる形を取り、Stiftung Maximilianeumに賃料を払い続ければ、Stiftung Maximilianeumの財政が行き詰まることもなく、1852年から続く、Stiftung Maximilianeumの役割を、金銭的に支えることが出来ます。ということで、買い上げるより、借りる形を取っているのではないでしょうか。

Stiftung Maximilianeumの奨学生は、最初、6人いたそうです。奨学生は、Ludwig-Maximilians-Universität Münchenで、法律学と国家学を学ぶことが出来たとのこと。

現在も、Stiftung Maximilianeumは、毎年奨学生を受け入れているようです。Stiftung Maximilianeumから奨学金を受けられるのは、設立当初の状況から、男子学生に限られていたので、女子学生も受け入れられるようにと、1980年に、Wittelsbacher Jubiläumsstiftung(ヴィッテルスバッハ記念財団)が設立され、Stiftung MaximilianeumとWittelsbacher Jubiläumsstiftungを合わせて、現在、毎年、6人から9人の奨学生を受け入れているとのこと。

Stiftung MaximilianeumやWittelsbacher Jubiläumsstiftungから、奨学金を受ける条件としては、まず、バイエルン州出身か、Pfalz(プファルツ)出身であることがあげられます。Pfalzというのは、Land Rheinland-Pfalz(ラインラント=プファルツ州)を構成する、南部の地域のことです。Pfalz出身であるというのは、その昔、Kurfürst von der Pfalz(プファルツ選帝侯)であったKarl IV.(カール4世)が、1777年にKurfürst von Bayern(バイエルン選帝侯)となり、Pfalzが、バイエルン州に属していたことの名残です。

そのバイエルン州もしくは、Pfalz出身のうち、Abitur(大学入学資格)を取得したものが、奨学金を得るための試験を受けられるのですが、4つの段階に分けられた試験に通らねばなりません。Abiturの成績などは、全科目、ほぼ満点であることが、そのうちのひとつの条件であるように、高い学力が必要です。また、学力だけではなく、人物の評価にも重きを置かれており、面接試験が課せられます。このように、学力・人物評価など、高い能力を持った、まさに、エリート中のエリートだけが、このStiftung Maximilianeumから、奨学金を受けることが出来るのです。かつての奨学生の中には、Franz Josef Strauß(フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス)のような名前も見受けられます。

Stiftung Maximilianeumの奨学生は、大学での勉強を終えるまで、Maximilianeumの中に、住居を与えられ、また食事も提供されるようです。Maximilianeumが、住まいであるということは、驚きですが、Maximilianeumのウェブ・サイトに掲載された、写真を見る限りでは、割と普通の部屋でしたね。また、Stiftung Maximilianeumの奨学生は、1年間、海外に留学できる権利と、その準備のために、語学学校へ通う権利が与えられるようです。

Stiftung Maximilianeumの奨学生は、以前は、設立の理念からして、政治などの道に進むことを求められていたようですが、今日では、そのような制限はないようです。作家になっている人もいます。

150年以上も前に、ひとつの理念を掲げて誕生した財団が、現在もまだその理念を受け継ぎ、存在することに、驚き、そして感心しました。

と、まあ、ここまで、MaximilianeumやStiftung Maximilianeumについて、詳しく記してきましたが、これらは全て、とあることを書こうと思ったための前置きです。「えっー!」と思った方、たくさんおられたでしょう。書いた私も、びっくりですので、当たり前です。私も、こんなに長く、前置きを記すつもりはありませんでしたから。前置きが、あまりにも長くなりましたので、本題は、また別エントリーで、明日にでも記します。


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▲Maximilianeum▲
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