にせんはちねんじゅういちがつ

image00082.jpg2008年11月は、このブログに、全部で29のエントリーを記しました。11月は、1日1エントリーという目標には、残念ながら届かずです。

さて、11月と言えば、私にとって思い出すのは、2年前の11月、つまり2006年の11月のことでしょうか。2006年11月20日に、現在の部屋の賃貸契約を結び、住み始めたわけですが、そのことは、私にとって、この上なくうれしいことでありました。したがって、今現在も私の心に、強い印象として残っているのです。

話は、2006年の夏頃にさかのぼります。そのころから私は、やや精神的に不安定になりました。なぜならば、将来に関して、強く不安を抱いていたからです。

まず、ドイツには残りたいと思っていたものの、生活をするために必要な貯蓄が、もう底をつき始めます。その年の冬は、もう越せないと分かっていたほどです。それまで10年以上、働かずして、貯蓄で生活をするということをしたことのなかった私は、減っていく一方である通帳の残高に、かなり心細さを感じていました。

ただ、幸運なことに、その時に仕事が見つかります。今も続けている、仕事です。しかしながら、不安が解消されたわけではありません。なぜならば、3ヶ月〜6ヶ月ほどは試用期間であり、確実な雇用が保障されていたわけではありませんでしたから。また、働ける日数も限られており、収入はあるといっても、十分なものではありません。貯蓄の減り具合を、やや遅くするだけのものに過ぎませんでした。

また、当時の私は、住まいも転々としていました。以前の住居で、同居人とトラブルになって家を出た後は、長期留守にする人がいれば、その留守の間だけ部屋を借りて住んでいたのです。もちろん部屋は探していましたが、言葉の壁もあるが故に、なかなか見つかりません。また、外国人であるからでしょうか、差別らしきことも受けることがありました。

それから、私を頼ってくれる人が、当時はいたのですが、そのような私の精神状態である上に、距離があるせいもあり、コミュニケーションもうまくいかず、修復不可能なほどに、関係がこじれてしまいます。

こういう状態であったので、冬なり、どんどん暗くなっていくのに歩調を合わせるよう、私もどんどんと沈んで行っていたのが、2年前の11月でした。長い長い心の冬が、これから先、際限なく続きそうに感じられ、とても苦しかったです。

しかしながら、そこに、ひとつの明るい光が差し込んできます。それが、住まいの契約の話です。ドイツ人が一般的に行う住まいの探し方を諦め、大金を払って、不動産屋に住まいを探してもらおうかと思っていたその矢先、今の大家さんから電話がかかってきます。そして、話はトントン拍子に進み、私は部屋を借りることが出来ました。

ここに引越ししてきたばかりの頃、家具もなく、毛布1枚にくるまって寝ていたのですが、それでも、これから、ここを自分の家として、住まうことが出来るのだと考えると、気持ちが明るくなったのを覚えています。また、大家さんが、数多くの候補者の中から、私を借家人として選んでくれたのも、とてもうれしかったです。

この、住まいが見つかったことをきっかけとして、その後、物事がやや好転したように思います。すこし、自分に、自信が持てたのでしょうかね。住まいが見つかった後は、正式に職に雇用されたほか、わずかながらですが、貯金が出来るほどの収入も、得られるようになりました。

もし、2006年11月に、住まいが見つからなければ、現在の私は、どこで何をしていたのでしょうか。それを考えると、私にとって、2006年11月というのは、ひとつの転換点だったと思います。

そういうわけで、11月がくると、いつも、部屋が見つかったときのうれしさが、いつも思い出されるのです。

Similar Posts:

Comments are closed.