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▲高畠華宵大正ロマン館▲
▲Google マップより▲

愛媛県東温市にある、高畠華宵大正ロマン館から、メール・マガジンの最新号が届いています(2009年5月15日配信)。今回届いたメール・マガジンの最新号は、第45号です。

高畠華宵大正ロマン館が一時休館中で、かつ、大型連休中に配信(2009年5月1日配信)だった前回のメール・マガジンは、おとなしめの内容でした。しかし、大型連休が明けての配信となった今号は、またいつもの調子に戻りつつあります。沖縄県立博物館・美術館で開催中の「豊潤の美を求めて—金城安太郎と高畠華宵」展(2009年5月28日〜2009年6月26日)の案内や、高畠華宵大正ロマン館が発行している定期刊行物、『大正ロマン』の案内など、読みどころが多いです。

さて、そのような今回のメール・マガジンで、私の目をひいたのは、前号に引き続き、メール・マガジン最後のコーナーである、学芸員さんのコラム、「じゅげむじゅげむ」でした。

今回の「じゅげむじゅげむ」、タイトルは「国がつくるアニメの殿堂」です。昨日(2009年5月29日/日本時間)成立した、「平成21年度補正予算」に盛り込まれ、話題となっていた、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」(参照:「メディア芸術の国際的な拠点の整備について(「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想について)」)が、ここでも話題となっています。

この施設の名称で、よく分からない部分と言えば、「メディア芸術」という部分ではないでしょうか。「メディア+芸術」から成る語だという意外は、私も良く分かりません。調べてみると、次のような意味合いがあるそうです。

「メディア芸術」とは、映画、マンガ、アニメーション、CGアート、ゲームや電子機器等を利用した新しい分野の芸術の総称です。

文化庁 – 「メディア芸術の国際的な拠点の整備について
(「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想について)」

従来的な意味では、芸術の範囲に含まれることのなかった、いわゆるサブ・カルチャーと呼ばれているものたちのことみたいです。

そして、

メディア芸術のすべての分野を包括的に取り扱い、作品の網羅的・体系的な展示、関連情報の集約・発信、作品の収集・保管、人材の育成等を総合的に行う「メディア芸術の国際的な拠点」

メディア芸術の国際的な拠点の整備に関する検討会
「メディア芸術の国際的な拠点の整備について(報告)」(平成21年4月)の概要
」(※PDF書類)

という役割が、この「国立メディア芸術総合センター(仮称)」には、期待されているようです。

この「国立メディア芸術総合センター(仮称)」について、インターネット上でニュースを調べて読んでみた印象では、どちらかというと、その設立について、批判的な意見の方が多いように思いました(「メディア芸術センター:漫画の殿堂、描き手が「いらない」石坂啓さん、民主会合で」「マンガ好きだからこそ「国立メディア芸術総合センター構想」には異議あり」等々)。

「じゅげむじゅげむ」で学芸員さんも、情報が少ない(恐らくは学芸員さんが目にしたものがという意味で)ので、この構想に関する善し悪しの意見を、述べられることは控えつつも、

マンガやアニメというのは、もともと国策として生まれた訳ではなく、いわゆる大衆が作り上げてきたもので、国が管理することになったときに、生彩を欠いて硬直してしまわないかどうか私も少し不安に思います。

と、心配されておられます。

まあ、この未曾有の大不況の中、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」なるものに対する、117億円という費用(参照:文部科学省平成21年度補正予算(案)の概要」(※PDF書類))を、その緊急性が、全くといって良いほど感じられないにも関わらず、「補正」予算に組み込んだのは、いかがなものかと、私も思います。

しかも、117億円という巨額な税金が動くにもかかわらず、行われた「メディア芸術の国際的な拠点の整備に関する検討会」(メディア芸術の国際的な拠点の整備に関する検討会委員名簿)は、わずかに6回。その6回目に至っては、平成21年度補正予算案が、国会に提出(2009年4月27日)される6日前の、2009年4月21日に開催されています。しかも、それぞれ、わずか2時間あまりの会合です。これでは、十分に審議をつくされたかと言われれば、疑問であるのも、致し方ありません。

私としては、この「国立メディア芸術総合センター(仮称)」、要るか要らないかと言われれば、必要であるという立場です。「箱もの」と言われようが、こういった類の施設、国立で作ることが可能であるならば、作った方が良いと思います。

ただ、上で引用したような、「メディア芸術のすべての分野を包括的に取り扱い、作品の網羅的・体系的な展示、関連情報の集約・発信、作品の収集・保管、人材の育成等を総合的に行う」という、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」の役割のなかにある、「作品の網羅的展示」や、「人材の育成」は、役割から外せば良いのではと思っていますが。

アニメや漫画で言うならば、作品の原画やセル画を網羅的に展示し、「ああ、これがあの漫画のオリジナルなのか。」と感心させられたところで、あまり意味がないと思います。それこそ、「○○美術館展」と銘打って、外国の著名な美術館・博物館の所蔵作品を見せられる展覧会と、大差はなさそうですから。飛行機で、いかなる国にも、1日もあれば到達出来る現代、明治時代じゃあるまいし、オリジナルだと言う理由だけで、ありがたがって見る時代ではないと思いますし。

それから、人材の育成も、国が直接やるべきものなのかどうか、私は懐疑的です。

質の高いアニメや漫画が、日本で制作されている一方で、それは、低賃金で長時間労働という、過酷な労働条件のもと、それでも様々な夢や目的を胸にしている人たちによって、支えられているという現状があるというのも、耳にしたことがあります。そういった現状には、「メディア芸術」を国の産業や文化としたいと思っているのなら、国が何らかの手を差しのべていく必要はあると思うのです。

しかし、それと、国が直接そういった人材を育成するのは、また別の問題ではないでしょうか。能や狂言や歌舞伎や落語といった伝統芸能、国技と言われる相撲、陶器や織物などといった伝統工芸等々の分野を見てみれば、それは分かることでしょう。

「国立メディア芸術総合センター(仮称)」が出来た場合、私が期待したいのは、関連情報の集約・発信です。

現時点でも、既存・計画中の「国立メディア芸術総合センター(仮称)」同等施設は、公立・私立問わず、日本に存在しています。現代マンガ図書館東京国立近代美術館フィルムセンター明治大学米沢嘉博記念図書館京都国際マンガミュージアム広島市立まんが図書館等々です。

こういった既存・計画中の施設が、それぞれが所蔵する資料や情報を共有し、時には共同で企画・展示なども行えるような土壌を、国が率先して構築するべきだとは思います。まだ、新しい分野の施設なので、それぞれが手探り状態でしょうし、各々のことで手が回らなさそうなソフト面の整備を、国が行っていけばよいのではないでしょうか。

それから、作品の収集・保管という機能にも、私は期待しています。

確かに、今現在、世間に出回っている漫画などを収集して、それを入館者に見せるだけなら、それこそ「国営マンガ喫茶」という声もあるように、町中の至る所にあるような漫画喫茶と、何ら変わらないものになってしまうでしょう。

しかしながら、50年後や100年後、現在の日本について研究する際、1次資料、2次資料、3次資料となるようなものを、今のうちから徹底的に、収集・保管しておく必要はあると思います。特に、法定納本図書館である、国会図書館が収集できないような、アニメや漫画の原画やセル画、映画のフィルム等々を。

漫画の作者が、原画を紛失した出版社を訴えたという事件(参照:「(株)小学館を提訴。」)があったのも、記憶に新しいかと思いますが、

マンガは“原画の収集・保管”が難しい。

里中満智子(仮)国立メディア芸術総合センター

とのことなので、現場の人が、そのように思っている部分を、国がフォローするのが良いと思います。

こういったアーカイヴの構築は、収入に直接つながらないことから、日本にある既存の美術館や博物館も、今だ十分なものが行われていません。しかし、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」には、まず何よりも、50年後、100年後を見据えて、このアーカイヴの構築に取り組んで欲しいと、私は期待しています。

今、市場に出回っており、図書館や漫画喫茶などで行えるような、収集した資料の閲覧(漫画を読んだり、映画を見たり)や、他の施設で代用できるようなこと、例えば専用施設での展示(国立新美術館という「箱」が既にあり、そこで可能。)などは後回しにしてでも、先に述べたようなことは、是非とも「国立メディア芸術総合センター(仮称)」に、行ってもらいたいと思います。

「国立メディア芸術総合センター(仮称)」、先ほども記しましたが、インターネットでニュースを読んでいると、批判的な意見が目立つような気はしますが、私は、決して悪くはない構想だと思います。

この、文化にお金をかけようという姿勢、これまでの日本政府には、見られなかったものではなかったでしょうか。そういったことから考えると、今回のこの「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想、良い面だけでなく、悪い面があるということを理解しつつも、私はとても好感が持てます。

製造に関しては、世界でも屈指の実力のある日本ですが、文化という面(持っている文化が貧弱というのではなく、それを支える環境という点の意味です)では、やや遅れがちなイメージです。しかし、それを変えていく、良いチャンスに、この「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想がなれるのではと、私は期待しています。

惜しむらくは、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」という構想を発表するタイミングや、発表にいたるまでのプロセスでしょうか。なぜ、今この時期に、このタイミングでなのか。今回のように、急いて事を進めなくとも、議論を充分にし尽くしたあとに、発表することも可能だったはずです。タイミングによっては、もう少し追い風も吹いた可能性もあるだけに、私としては、何とも残念でした。

まあ、そのあたりは、麻生太郎氏率いる、内閣らしい気はしますが。

「じゅげむじゅげむ」の話題をきっかけに、大きく逸脱し、高畠華宵大正ロマン館メール・マガジンの内容とは、遠いところにきてしまいましたね。ということで、この辺りで終えておきます。

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