たかばたけかしょうたいしょうろまんかんめーるまがじんだいよんじゅうななかい


大きな地図で見る
▲高畠華宵大正ロマン館▲
▲Google マップより▲

愛媛県東温市にある、高畠華宵大正ロマン館から、月2回発行されるメール・マガジンの、最新号が届いています(2009年6月19日配信)。今回届いた、メール・マガジンの最新号は、第47号です。

今回のように、高畠華宵大正ロマン館発行のメール・マガジンを読んで、月に2度、私はこのブログにエントリーを立てています。その内容はいつも、メール・マガジンで取り上げられた話題に関する、私の勝手気ままな意見や感想です。ということで、かなり適当に記されていることもあり、とても有用とは思えないこともあって、このようなエントリーに対してのアクセスは、あまりありません。

がしかし、前回前々回のエントリーは、いつもと様子が異なりました。前回は余暇について、前々回は「国立メディア芸術総合センター(仮称)」(参照:「メディア芸術の国際的な拠点の整備について(「国立メディア芸術総合センター(仮称)」構想について)」)についての話題を取り上げたのですが、そうすると、関係省庁や研究機関、関係企業やメディアなどから、多くのアクセスを受けてしまったのです。

私の記した、これらエントリーの内容の、何にひかれて訪れて下さったのかは分かりませんが、正直焦りました。迂闊なことは書けないですね。

さて、前回のメール・マガジンでは、私の知らなかった、「余暇」に関する知識を仕入れることが出来たのですが、今回のメール・マガジンでも、またまた新たな知識を得ることが出来ました。その知識とは、「リゾート」に関することです。

それは、現在、宇和島市にある宇和島市立歴史資料館にて開催中の、「第13回華宵の部屋 華宵のリゾート・タイム」展(2009年6月19日〜2009年9月6日)についての案内に記されていました。

風光明媚な場所でのんびりと余暇を過ごす「リゾート」は元々外国人の文化でした。そのため外国人居留地を擁していた神戸近辺の六甲山で行われた明治初期のリゾート開発が日本初のリゾート開発と言われています。

わたし、旅行や余暇について、興味を持って調べたことがあるくらいですから、リゾートについても調べたことがあります。したがって、神戸市に位置する六甲山で、明治期に行われた神戸ゴルフ倶楽部などのリゾート開発についても、それなりに知っていました。

ただ、それは、あくまでも近代において、最初期に行われた、リゾート開発であるという認識でしかなかったのですが、どうやら間違った認識でしたね。メール・マガジンによると、「神戸近辺の六甲山で行われた明治初期のリゾート開発が日本初のリゾート開発」とのことです。

私の中で、「リゾート」といえば、行楽地の中に於いても、とりわけ、訪問者のニーズに合わせた長期滞在を提供できる場所であること、また、その長期滞在の間、訪問者を飽きさせることのない、レクレーション施設や自然環境が整っている場所を意味すると、理解しています。

そのことから考えて、私の中で、日本におけるリゾートの起こりは、江戸時代にあるのだと、リゾートについて調べたときに思っていました。なぜなら、治療を名目とした温泉地での湯治や、信仰を名目とした有名な社寺仏閣のある参詣地への参詣運動などが、庶民の間でも活発化したのが江戸時代で、また、それにともない、温泉地や参詣地の開発や整備が行われたのが、江戸時代だったからです。

たしかに、江戸時代のものには、治療や信仰といった名目があるので、単純に余暇を過ごすためにある、近代以降のリゾートとは、また別のものとも考えられるでしょう。

しかし、明治時代とは異なり、江戸時代は、人々が富を生み出す財産であると考えられていた時代でしたから、人々の移動が厳しく制限されていました。したがって、物見遊山的な旅行や滞在が、現在のように、容易くは行えませんでした。それで、人々はそういった移動のために、何らかの名目が必要であり、そのための名目として、誰もが納得出来る治療や信仰が利用されたのだと考えられます。

もちろん、滞在中の半分ぐらいは、名目通りの行動も行われていたでしょう。しかし残りの半分ぐらいは、今のリゾートで過ごすような感じであったのではないでしょうか。

江戸時代の『旅行用心集』や「温泉番付」などは、現在の旅行ガイドブックや、温泉保養地ランキングなどの走りみたいなものだと、私は思っていましたし、「御師」などというものは、旅行ガイドのはしりのようなものだと理解していました。そして、温泉治療や社寺参詣などを行いながらも、宴会や散策という観光を行う当時の様子は、リゾートそのもの様子ではないかと思ったものです。

でも、これら温泉地や参詣地などは、どうやらリゾートには含まれないみたいですね。「『リゾート』は元々外国人の文化でした。」ということですから、日本の独自の文化には、リゾートというものは、ないということです。

それまであった保養地といものを、単に横文字のリゾートに置き換えたのが、明治時代であるという認識をしており、したがって、これまで、リゾートの始まりを、私は江戸時代と思っていたのですが、それは間違いでした。私の不勉強さが、ここでも露呈してしまいましたね。お恥ずかしい限りです。

高畠華宵大正ロマン館は、周辺の開発工事にともない、現在は一時休館中ながらも、こうやってその間も、読者に様々な知識を与えてくれる活動を行ってくれています。そういうところを知ると、美術館の活動内容も、展示に限らず、多岐にわたるのだなと、改めて認識させられますね。

Similar Posts:

Comments are closed.