なにかにおいます

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▲Bundesflagge▲

昨日の仕事帰り、妻と待ち合わせをして、買い物に出かけました。行ってきたのは、ミュンヘン中心地のStachus(正式にはKarlsplatz)というところにある大型書店、Buchhandlung Hugendubel München Stachusです。妻が再びドイツ語を勉強し始めるというので、そのための参考書を購入しに行ったのでした。

職場から、そのHugendubelへ向かっている途中、携帯電話を見てみると、着信の履歴が残っていることに気がつきます。確認してみると、親友Kからのものでした。それで、直ぐに電話をしようと思ったものの、4時間ほど前にかかってきていた電話だったのと、書店があと30分ほどで閉まる時間だったこともあり、まずはHugendubelへと向かい、買い物の後、電話をしてみることに。

20分ほどで買い物を済ませた後、その予定通り、Kに電話をしてみました。何の用件だったのかを尋ねます。すると、意外な言葉が。

K「日本語で書かれた、ドイツ語の文法書を持ってる?」

妻がドイツ語を再び勉強し始めようとするタイミングで、しかも、そのための参考書を購入しに出かけているところで、Kからドイツ語の参考書について、質問を受けるとは思わなかったので、ビックリです。どこかで、こちらの様子をうかがっており、からかっているのかと、思わず周りをキョロキョロと、見渡してしまいました。

私ですが、2〜3冊ぐらい、日本語で書かれたドイツ語の文法書を持っています。それで「持っている。」と返事をし、来週貸し出す約束をしたのでした。

それにしても、妻にしてもKにしても、ドイツ生活もそれなりに長くなってきているこの時期に、再びドイツ語を勉強し始めるなんて、すごいなと思います。住み始めた当初なら、やる気はあるものですが、それは大抵時間の経過とともに薄れていくものですから。私のやる気は、とっくに薄らいでします。

まあ、妻の方は、日常生活には困らないドイツ語力はあるものの、まだまだ勉強しなければならないことは確かにあるでしょう。

しかし、Kは、仕事として、翻訳も通訳もこなせるほどのドイツ語力を持っており、もう十分ではないかと、私などは思うのです。実際、Kのドイツ語力をはかるための試験(日本ローカルなものではない)としては、残されたものはあと1種類しか無く、それはとあるドイツ語教育機関で働くドイツ人教師曰く、「ドイツ語の文法を習ったことのないドイツ人なら、落ちることも充分にあり得る。」というレベルの試験です。ドイツ語を勉強している日本人には、これまで多く出会ってきましたが、この試験に受かっている人を、私はこれまで1人しか知りません。

ということで、Kがなぜ今更、ドイツ語を勉強しだしたのかは分かりませんが、もしこの試験を受けるなら、是非とも合格して欲しいなと思います。

と、このような妻とKのやる気に刺激を受け、結局私もドイツ語を再勉強し始めました。Kとは勝負にならないので、当面は、妻に負けないことを目標に、勉強することにします。飽きっぽいので、続けば良いのですが。

ところで、なぜKが、わざわざ「日本語の」ドイツ語文法書が欲しかったのか、その理由が気になります。私は、ドイツ語でドイツ語を学んできました。したがって、日本語のドイツ語文法書を読んでも、文法用語がピンとこないことが多々あります。そして、Kも同じような状況だと思うのです。

それなのに、日本語のドイツ語文法書が必要となると、なにやら、そこに、ドイツ語勉強のための極意が隠されていそうな気がします。うーん、何だろう。気になります。

Kよ、今度教えておくれ。


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▲Buchhandlung Hugendubel München Stachus▲
▲Google マップより▲

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